目安時間: 約120分 ・ 読了目安: 26分

この章で学ぶこと

生成AIに調べものを頼むと、驚くほど速く、それらしい答えが返ってきます。 その答えの中に、存在しない統計や、実在しない出典が混ざっていることがあります。 職場の資料にそのまま載せれば、信頼を失う原因になります。

この章では、調査とファクトチェックを題材に、次の3つを練習します。

  • 手元の資料を渡し、「資料の範囲内で」答えさせる
  • 複数の資料の食い違いを見つけ、断定せずに扱う
  • AIが挙げた出典を、人が確認する手順を設計する

第1章の5要素(目的・入力・制約・出力形式・検証)は、この章でも使います。 この章の素材は、すべて架空の資料です。実在の統計や団体名は使っていません。 本コースは実務練習用の教材です。AIの出力は必ず人が検証してください。

このユースケースが起きる場面

会議資料の背景データを集める、業界の動向をまとめる、社内アンケートの結果を報告する。 調査の仕事では、次のような場面でAIが失敗します。

  • 質問に答えるために、データを「作って」しまう
  • 実在しそうな報告書名やページ数を挙げる(実際には存在しない)
  • 調査対象や年が違う数字を、同じ土俵で比べてしまう

大切なのは、AIを「調査担当」ではなく、「手元の資料を整理する助手」として使うことです。 調査の責任は、あくまで人にあります。

プロンプト設計シート(再掲)

**目的**:誰に・何のために・何を作るか
**入力**:AIに渡す素材は何か(機密は伏せたか)
**制約**:やってはいけないこと・守るルール
**出力形式**:表・箇条書き・文字数など
**検証**:出力が正しいか、何と突き合わせるか

この章では、「入力」と「検証」の設計が中心です。 AIに知識を出させるのではなく、こちらが資料を渡して、その中から答えさせるのが安全な基本形です。

実例:複数の資料から、自社の状況を報告する

状況と素材

あなたは、社内のテレワークの現状を、役員向けに報告することになりました。 手元にある資料は、次の3つです。

【資料1:社内アンケート(2026年8月実施・有効回答240名)】
テレワークを週1日以上している:132名(55%)。
実施者132名のうち、生産性が「上がった」:58名、「変わらない」:49名、「下がった」:25名。

【資料2:業界団体のレポート(2025年)】
業界内のテレワーク実施率は48%。
生産性について「上がった」と答えた割合は52%。
調査対象は、従業員1,000名以上の企業のみ。

【資料3:外部コラム(2024年)】
「テレワークで生産性は下がる」と主張。根拠となるデータの記載なし。

悪い指示とその失敗

テレワークの生産性について調べて、まとめて。

返ってくるのは、次のような文章です。

調査によると、テレワークにより生産性が平均して向上したという結果が多く、日本企業の導入率は約60%に達しています。ただし、コミュニケーション不足による課題も指摘されています。

失敗が3つあります。

  • 手元の3つの資料が、まったく使われていない
  • 「約60%」という、出典不明の数字が出てきている
  • 自社の数字と、業界の数字が、比較されていない

「調べて」という依頼は、AI自身の知識で答えるよう求めるものです。 その知識には、出典が確認できないものが混ざります。

改善したプロンプト

あなたは、社内報告の資料を整理する担当です。以下の3つの資料だけを使って、自社のテレワークの状況を、業界の水準と比較して報告する1段落(250字程度)を作成してください。

**目的**
役員が、自社の状況を業界と比べて把握できるようにする。

**制約**
- 3つの資料に書かれていない情報は使わない。資料にないことは「資料にない」と書く
- 数字には、出典として資料番号を付ける(例:55%[資料1])
- 調査対象・時期・母集団が異なる場合は、比較の前提の違いを明記する
- 根拠のデータがない主張は、事実としてではなく、「データの裏付けがない見解」として区別する

**出力形式**
1. 報告の1段落
2. 使用した数字の一覧(数字/出典の資料番号/調査対象・時期)
3. 比較する際の注意点を箇条書きで

**資料**
(ここに3つの資料を貼る)

AIの出力と、人が確認した点

報告:自社のテレワーク実施率は55%[資料1]で、業界団体の調査の48%[資料2]を上回った。ただし、資料2は従業員1,000名以上の企業のみが対象で、比較の前提が異なる。生産性が「上がった」と答えた割合は、自社の実施者で約44%(58名/132名)[資料1]、業界で52%[資料2]だった。「テレワークで生産性は下がる」という外部の見解[資料3]には、データの裏付けが示されていない。

人が確認する点は、次のとおりです。

  • 約44%が、58÷132で正しく計算されているか(自分で計算してみる)
  • 「上回った」という比較に、対象の違いが明記されているか
  • 資料3が「事実」として扱われていないか

資料に番号を振り、数字ごとに出典を付けさせると、人が元の資料と突き合わせる作業が、格段に速くなります。

設計メモ:なぜこの書き方か

要素実例での書き方効いた理由
目的「役員が、業界と比べて把握できる」比較が必要だと分かり、資料を使い分けられる
入力3つの資料を、番号つきで貼るAIの記憶に頼らず、資料の中から答えさせられる
制約「資料にないことは書かない」「比較の前提を明記」数字の創作と、条件の違う比較を防いだ
出力形式報告文+数字の一覧+注意点人が確認するための材料を、同時に得られる
検証出典の資料番号と、自分での計算数字の誤りを、数分で見つけられる

「資料の範囲内で答えて」は、調査系のプロンプトの基本形です。 AIの知識が必要な場合は、資料内の事実と、AI自身の知識を、分けて書かせます(問3で練習します)。

練習問題

進め方は全問共通です。

  1. 素材を読み、プロンプト設計シートの5要素を自分で埋める(AIはまだ使わない)
  2. 埋めた内容をもとにプロンプトを書き、普段使うAIで実行する
  3. 出力をルーブリックで自己採点する
  4. 解説を開き、自分の設計と比べる

問1 3つの資料から、上司向けの要点を3行でまとめる

状況:社内の生成AIの利用状況を、上司に3行で報告します。

成果物:報告の3行と、使った数字の一覧(出典の資料記号つき)。

【資料A:社内調査(2026年7月・回答180名)】
業務で生成AIを週1回以上使う:72名。
使う人の主な用途(複数回答):文章作成60名、要約48名、調査35名、コード12名。

【資料B:ベンダー資料(2026年5月)】
自社ツールの導入企業では、利用率が平均65%に達した。調査方法の記載なし。

【資料C:社内ヒアリング(2026年8月・10名)】
「何に使えばいいか分からない」という声が、6名。
ルーブリック(自己採点)
  • 利用率が「40%(72名÷180名)」と、正しく計算されている
  • 用途の順位(文章作成・要約・調査・コード)が、資料Aと一致している
  • 資料Bの65%が、「調査方法が不明」という注意つきで扱われている(社内の利用率と、同列に比べていない)
  • 資料Cが「10名のヒアリング」という母数つきで扱われている(一般化していない)
  • 数字ごとに、資料記号(A・B・C)が付いている
よくある失敗と解説

この問題のワナは、資料の質の違いです。 資料Aは、回答者数がはっきりしています。 資料Bは、調査方法が書かれていないベンダー自身の資料で、参考程度です。 資料Cは、10名の声なので、傾向は読み取れても、全社の割合とは言えません。

AIは、放っておくと、3つの資料を同じ重みで扱います。 制約に、「各資料の対象・母数・調査方法を確認し、信頼性の違いを注記する」と入れてください。 3行という制限の中で、この注意書きを残せるかが、報告の質を分けます。

問2 資料同士の食い違いを見つける

状況:営業成績の集計で、3つの部署の数字が合いません。原因を調べる前に、食い違いを整理します。

成果物:食い違いの一覧、原因の仮説、確認すべき相手やデータのリスト。

【資料X:営業部のレポート】
9月の新規契約件数は42件。

【資料Y:経理部の集計】
9月の新規契約件数は39件。

【資料Z:システムのログ】
9月に「新規」のステータスで登録された契約は44件(うち5件は取消済み)。
ルーブリック(自己採点)
  • 3つの数字(42・39・44)の食い違いを、正しく整理している
  • 資料Zの「44件-取消5件=39件」が、資料Yと一致することに気づいている
  • 資料Xの42件だけ、説明がつかないことを指摘している(どれが正しいかを、AIが決めつけていない)
  • 原因の仮説が複数あり、それぞれ「仮説」と明記されている
  • 確認すべき相手(営業部の担当者など)と、見るべきデータが具体的に書かれている
よくある失敗と解説

AIに「どれが正しい?」と聞くと、根拠もなく、1つを選んでしまうことがあります。 この問題では、YとZが一致し、Xだけが合いません。 ただし、Xが間違いだと決めるには、Xの集計条件(「新規」の定義、取消の扱い)を確認する必要があります。

制約に、次の2点を入れます。

  • 「食い違いを整理するだけで、どれが正しいかは判断しない」
  • 「原因は仮説として挙げ、確認に必要な情報を添える」

「資料から言えること」と「まだ分からないこと」を分けて出力させる設計です。 人が確認に動くための、次の一手が分かる出力になります。

問3 資料にないことを、資料にないと答えさせる

状況:問1の資料Aだけを渡して、上司からの追加の質問に答えます。

成果物:次の2つの質問への回答。

  • 質問1:業界全体の生成AI利用率は、どれくらいですか
  • 質問2:来年度の利用者は、どれくらい増えそうですか
【資料A:社内調査(2026年7月・回答180名)】
業務で生成AIを週1回以上使う:72名。
使う人の主な用途(複数回答):文章作成60名、要約48名、調査35名、コード12名。
ルーブリック(自己採点)
  • 質問1に対し、資料Aから「業界全体の数字は分からない」と答えている
  • 質問2に対し、資料Aから予測はできない、または「推測」と明示して答えている
  • 資料に基づく事実と、AIの一般的な知識・推測が、別の見出しで分けて出力されている
  • 存在しない統計(「業界の利用率は約〇%」など)が出力されていない
  • プロンプトに「資料にない場合は、資料にないと書く」という指示を入れた
よくある失敗と解説

AIは、質問されると、答えようとします。 資料がなくても、「一般的には50%前後と言われています」のような、根拠のない数字を出すことがあります。

対策は、答えられない場合の出口を、先に用意しておくことです。

**制約**
- 資料に書かれている事実のみを使って答える
- 資料から答えられない場合は、「資料からは分かりません」と書く
- 推測や一般的な知識を述べる場合は、「【資料外の推測】」という見出しの下に分けて書き、確認が必要だと添える

「資料外の推測」をゼロにするのではなく、混ざらないように分けて出させるのがコツです。 分けておけば、人が事実部分だけを採用できます。

問4 AIが挙げた出典を、確認する手順を設計する

状況:同僚が、AIに調べさせた文章を、資料に載せようとしています。出典が付いているので安心そうですが、確認を頼まれました。

成果物:検証計画の表(主張/出典/確認方法/採用の基準)と、AIに追加で依頼するプロンプト。

以下は、架空の団体名と架空の白書の例です。

- 国内企業の生成AI導入率は、2025年に約60%に達した
  (出典:一般社団法人ワークスタイル研究協会『2025年版 働き方白書』p.87)
- 導入企業の8割が「業務時間が減った」と回答した
  (出典:同上 p.92)
- 生成AIの利用でミスが減った企業は、3割程度である
  (出典:不明)
ルーブリック(自己採点)
  • 検証計画に、「出典を検索して原本を確認する」「該当ページの数字が一致するか確認する」が含まれている
  • 「見つからない場合は採用しない」という判断基準を決めている
  • 3つ目の「出典:不明」の主張を、採用しない、または「一般に言われている」として扱う、と判断している
  • 「AIに『この出典は実在しますか』と聞く」のは検証にならない、という点を理解している
  • AIへの追加依頼に、「出典が確認できない主張は含めず、『要確認』と書く」という制約を入れた
よくある失敗と解説

最も大切なのは、出典が付いていても、それが本物とは限らないことです。 AIは、実在しそうな団体名・書名・ページ数を、それらしく組み合わせて作ることがあります。

「この出典は本当にありますか」とAIに聞いても、検証にはなりません。 AIは、「確認しました」と答えることがあります。

人が行う検証は、次の手順です。

  1. 団体名・書名で検索し、公式サイトなどで、実在を確認する
  2. 原本の該当ページを開き、数字が一致するかを確認する
  3. 見つからない、または数字が違う場合は、その主張を採用しない

AIにできるのは、「確認が必要な箇所を洗い出す」ことです。 「出典の確認が必要な主張を、すべて一覧にして、確認方法を提案して」と頼めば、検証作業の段取りを手伝わせられます。 最終的な確認は、人が原本を見て行います。

プロンプト設計の確認問題

ここまでの内容を、選択式で確認しましょう。

問1. 「テレワークの生産性について調べて、まとめて」という依頼から、出典不明の数字が出てきた。この依頼の問題点として最も適切なものはどれか。

問2. 調査対象が「従業員1,000名以上の企業のみ」の業界データと、自社アンケートの数字を比べて報告する際に、最も適切な扱いはどれか。

問3. 3つの部署の集計値が食い違っているとき、AIへの依頼として最も適切なものはどれか。

問4. AIが挙げた出典(団体名・白書名・ページ数)の確認方法として、最も適切なものはどれか。

繰り返し使う制約は、AIに登録して短くする

この章のプロンプトは、制約を毎回書き込む形で練習しました。 同じ業務を繰り返すなら、変わらない制約は、AIにあらかじめ登録しておくことで、依頼を短くできます。

この章で登録しておくとよいのは、「資料の範囲内で答える」「数字に資料番号を付ける」「資料にないことは資料にないと書く」という制約です。 ChatGPT・Claude・Geminiでの登録手順は、生成AIに社内ルールを覚えさせるスキル設定のやり方で解説しています。 登録しても、最終確認は人が行うことに変わりはありません。

自分の職場に置き換える

この章の型を、自分の仕事に当てはめます。

  1. 調べたいこと(または、資料に載せたい数字)を1つ選ぶ
  2. 手元にある資料(社内データ、公的機関の発表、記事など)を2〜3個集める。機密は伏せる
  3. 資料に番号を振り、「資料の範囲内で」まとめさせる。資料にないことは「資料にない」と書かせる
  4. AIが挙げた数字を、自分で元の資料と突き合わせ、一致しないものを記録する

仕上げに、S.E.L.F.ループの「F(Forge it)」として、AIの出力で、資料と食い違っていた箇所を書き出し、「どんな指示があれば防げたか」を1つ考えます。

この章のまとめ

  • 調査は、AIの知識に頼らず、手元の資料を渡して「資料の範囲内で」答えさせる
  • 数字には資料番号を付けさせ、人が元の資料と突き合わせられる状態にする
  • 資料同士が食い違うときは、AIに正解を決めさせず、食い違いと確認先の整理に使う
  • 答えられない質問には、「資料にない」と答える出口を用意する。資料外の推測は、別の見出しに分けさせる
  • AIの出典は、人が原本で確認する。AIに「本当ですか」と聞くのは、検証にならない

次の章では、Excel・スプレッドシートの業務を題材に、「入力の形」と「期待する結果」を具体的に渡す書き方を練習します。